私の履歴書 第十五回 香港でスタート、悪戦苦闘のすえ業績を出す

平成元年(1989)5月19日 再び香港に戻り陳君と二人だけの会社を起動した。 荃湾(チェンワン)駅に直結した南豊中心の小さなオフィスはいくつかの机と電話、FAXがあるだけ。 6年前のセイコーの赴任時とは180度転換、会社のバックアップもなければ仕事もなく…

ただいま一休み、次の展開の準備中です。

皆さまこんにちは。 かなりスローペースの展開ですがこれまで私のプライベートにおつきあいいただきありがとうございます。 私の履歴書も14回を終了しようやく香港での起業となりました。 これからケンテックスのストーリーが始まります。 会社スタート時は…

私の履歴書 第十四回 課長昇任も退社、香港会社を設立

1988年(昭和63年)5月に帰任。 久しぶりに千葉県鎌ヶ谷の我が家に戻り5年ぶりの日本の生活が始まった。 不在の間、親戚の甥に住んでもらっていたが庭もだいぶ荒れていたので趣味の庭いじりをまた始めた。 少々笑い話になるが帰国早々子供たちが親を…

2019 新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。 今年は亥年、そして平成最後の年となります。私が子供の頃は母も含めてまだ明治生まれの方も珍しくなかったのでその頃よく「明治は遠くなりにけり」という言葉を耳にした記憶があります。その元号も大正、昭和、平成と移り…

私の履歴書 第十三回 ビジネスに目覚め独立を決意

赴任して2年が過ぎたころから仕事にも脂がのってきた。 3年目から帰任するまでの3年間は大いに会社に貢献したように思う。 自身の経験から海外赴任を振り返ると初めの一年ぐらいは新しい環境に馴染むまで時間がかかり二年目あたりからやっと自分の生活パ…

私の履歴書 第十二回 香港生活をエンジョイ

100万ドルの夜景と言われた香港島の山頂から見る夜景は現在ではさらに高層ビルとネオンが増えていっそう煌びやかになっている。1997年の返還後からすでに20年が過ぎた今(2018)、街も人も当時とは大きく変わったが返還前の香港を懐かしむ人は多い。赴…

私の履歴書 第十一回 香港赴任と家族での生活

昭和58年(1983)5月末、すでに盛夏となっている香港に到着した。啓徳空港で待ち受けてくれていた前任者と車に乗り込み会社に向かう車窓から見る景色は日本とは全く違うものだった。 日本では見かけないような細長いノッポビルが折り重なるように並んでい…

私の履歴書 第十回 家族、登用試験、邱永漢先生との出会い

結婚後は江戸川区小岩にあった社宅の入寮申請が通り、そこに移り住むことになった。 18歳で親元を離れてから都内のアパートを転々とした一人暮らしが長かったので二人での新生活にとても幸福感を感じた。 家に帰れば話し相手がいるし食事も作ってくれる。…

私の履歴書 第九回 学ぶ愉しさ 好奇心旺盛だった20代

私の履歴書 第九回20代は旅とカメラが私のメインテーマだったがそのころ何事にも好奇心旺盛だったので写真以外にもいろんなことに興味を持った。この項では仕事から離れたところで自分のやってきたことを思い出してみたい。振り返れば10代は何も分からな…

私の履歴書 第八回 時計外装部で技術を研鑽

昭和45年(1970)大学を卒業した年に大阪万博が開催され大阪まで見に行った。 どちらかというと写真を撮るのが目的だった。 が、その時見たはずのパビリオンの記憶がなぜかほとんどない。 たぶん行列が長くて実際あまり見てなかったのではないかと思う…

私の履歴書 第七回 写真家にあこがれる

話が少し遡るがこのころ写真に熱が入り本格的に突っ込んだのでこの項で触れておきたい。入社2年が経過したころ社員福祉の一環として写友会(写真部)があることを知った。 ある時見学させてもらったら面白そうなのでそのまま入会させてもらった。これがきっ…

私の履歴書 第六回 上京し第二精工舎入社、大学二部へ

昭和40年(1965)第二精工舎(現セイコーインスツル)に入社。故郷を離れ親元からも離れていよいよあこがれの東京に住むことになる。 当時、東京江東区亀戸に本社工場があった。大卒以外は地方出身の採用が原則なかったこともあり会社の寮には入れなか…

私の履歴書 第五回 高校時代、体操と写真

昭和37年(1962)入学試験に合格し宇都宮工業高校 精密機械科に入学した。 機械科や電気科が当時の花形だったが自分としてはカメラに興味があったので精密機械に惹かれた。 鹿沼から国鉄(JR)で一駅乗りそこからバスで通学した。高校では家に負担をか…

私の履歴書 第四回 中学時代

昭和34年(1959)、皇太子(今上天皇)と美智子様のご成婚の年に鹿沼市立東中学校に入学、あこがれの体操部に入部した。放課後になると校内にある体育館でほぼ毎日のように練習した。入部してしばらくは体の柔軟訓練をやらされた。 マットの上で開脚し…

私の履歴書 第三回 小学校へ

昭和28年(1953)鹿沼市立北小学校に入学。当時はまだ食糧事情が悪く栄養が行き届かない時代だったので貧弱な子が多く体の大きい肥満児が健康優良児として表彰される時代だった。 私は体が小さいうえに早生まれなものだからクラスでも席はいつも前のほ…

 第二回 出生、父の面影なし

昭和22年(1947年)3月、私は栃木県鹿沼市で父清作、母フキの五男として生まれた。五人兄弟は当時としてはめずらしくないが男子ばかりというのは少ないだろう。 昭和22年5月に今の新憲法が施行されたので憲治という名前の由来となったようだ。戦争と…

(私の時計造り人生記)私の履歴書 第一回 人生を振り返る

私の部屋には最近撮った二枚の写真が飾られている。一つは今年三月香港で私の古希の食事会をした時の現地スタッフに囲まれた写真。 もう一つは長く仕事を共にしてきた日本のベテランスタッフと私を精神的にサポートしてくれた兄夫婦たちとの写真だ。香港にke…

はしけんブログの復活  ”私の履歴書“スタート

しばらくのご無沙汰でした。 2016年のご挨拶いらい止まっていましたがまた“はしけんブログ”を復活します。一昨年いらい会社組織の見直し変更や人の移動がありました。 それに伴って昨年ホームページの内容も刷新、その時点でしばらく“はしけんブログ”の…

2016新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。 新年にあたりまして皆様のご健康とご発展をお祈り申し上げます。今年は60年ぶりの丙申(ひのえさる)にあたるようです。 丙申の年は形が明らかになって実が固まっていく、つまりこれまで頑張ってきた人の努力が形になっ…

機械式時計の魅力

機械式腕時計の魅力 (ETAムーブ搭載ビンテージモデルの紹介)ケンテックスは今、機械式腕時計に力を入れているブランドですがそもそも機械式の魅力って何でしょうか? あらためて機械式時計の魅力を探ってみたいと思います。時を刻む小さな宇宙。これは…

ケンテックスの最高傑作 クラフツマン

チタン、カーボン、セラミックなど複合素材を採用した次世代ハイブリッドプレステージモデル。まさしくクラフトウォッチと呼ぶに相応しいのが昨年末から発売をスタートしたS526X新クラフツマンです。 発表後数ヶ月が経過しましたがこれまでに数多くの時計愛…

2015年 ご挨拶

明けましておめでとうございます。2015年の干支は未(ひつじ)です。 羊は「祥」に通じ、中国の吉祥動物の一つです。 群れを成すところから家族の安泰を表すとされ、いつまでも平和に暮らすことを意味しています。 昨年はケンテックスの創業25年にあた…

新クラフツマン 展示イベントをやります。

これまで盛りだくさんの記事で紹介してきました新クラフツマンですが、近く東京銀座で展示イベントを行います。NE88搭載の25周年記念限定1モデルと9015搭載の2モデルを中心に現行のKENTEXモデルも同時に展示します。時計はやはり手に取って触れてみ…

クラフツマン25周年モデル その2

クラフトウォッチ(Crafts Watches)これはS526X新クラフツマンを一言で言い表すのにふさわしい言葉ではないかと思っています。近く発売するこのモデルはケンテックスが2014年に設定した新しいコンセプト ”Time Crafted To Perfection” を具現化する最初…

クラフツマン25周年モデルーその1

さていよいよ新クラフツマン25周年モデルの紹介に入りたいと思います。 新たに開発するクラフツマンは当初のS526Mそしてサイズの大きくなったS526Xに続いて第三世代といえます。サイズは第二世代と同じ、ケースベルトのベースデザインもほぼ同じで…

KENTEX25周年モデルの開発

今年はケンテックス社設立25年になります。 この節目の年にこれまでの永年の時計造りで培ってきた技術とデザインを結集させたパーフェクトな最高の時計を造りたいという思いが昨年からありました。いわばこれまでの集大成モデルということになりますが、そ…

2014 新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。 今年の干支は午年です。 ものごとが「うま」くいく「幸運が駆け込んでくる」など、縁起の良い動物といわれています。昨年はアベノミクスの影響もあってか日本の経済が久しぶりに大きく動いた年でした。 一昨年末に始まった…

アジア初 高級時計展Watches&Wonders.

9月25日から28日までアジア初の高級時計展が香港コンベンション&エキジビションで開催されました。 招待状がないと入場できないフェアですが最終日にもかかわらず多くの時計ファンが訪れていました。 まさにスイスバーゼルフェアをそのまま持ってきた…

バーゼルでの日本人独立時計師

2013バーゼルワールドでは二人の日本人独立時計師の方にお会いしました。 一人は菊野昌宏さんともうひと方は浅岡肇さんです。ホール2の一階にAHCI(独立時計師アカデミー会員)のコーナーがありますがその中に日本人としてお二人が出品されていました。 …

2013バーゼルワールドレポート2

スイスバーゼルで毎年春に開催されるバーゼルワールドはすでに長い歴史を持っています。 世界を代表する時計メーカーが一堂に集まりその新作を競ってお披露目するわけですが中でもホール1にブースを持つメーカーは歴史と伝統のある老舗時計メーカーが多く展…